企業の事例をもとに毎月第1月曜日にブログとメルマガを発行しています先日深夜のテレビでタレントなど有名人の人生を占う番組を偶然目にしましたが普段のイメージと違う生の人間性に触れた気がしてその日の疲れを癒す結果となりました。
私は生来(せいらい)占いを信じていません。
今日のあなたが危険から守られていると告げられたとしてもそれが安全を保証するものでは決してありません。
その占いが統計学に基づいているのであれば確率が示す範囲内で当たる可能性が高まるだけです。
自身に降りかかる危機は自らの考えと行動で回避すべきです。
他者の示す道しるべの跡を追いかけるなど自分の人生に対し無責任以外の何ものでもありません。
いわんや自分にとって重要な選択を相手に委ね高額を支払って盲信するなど信じ難い行為です。
その姿はすでに余人への依存体質へと変貌を遂げています。
例え自らの意思で方向性を決め思い通りの結果が生まれなかったとしてもそれは失敗として反省すれば成長の一歩として前に進めます。
せっかく与えられた修練の機会を手放すわけにはいきません。
これは物事を選択するために欠かせない見極める能力を磨く好機なのです。
思い切って踏み出す勇気を持てないとしたら他人が見せる未来に向かって歩み続けるしかありません。
これではあまりにも世渡りに不器用すぎてその先を見るのが怖いくらいです。
自分の判断を信じて実践し検証と改善を繰り返す。
その経験の積み重ねこそが判断力の精度を高めるのに役立ち成功への近道となりえるのです。
その一方占いが及ぼす影響は長い日本の歴史の一面で決して小さくなかったのも事実です。
中小企業も大企業も日本の市場に於いては同じ『外部環境』のもとで懸命に営業活動をしています。
大企業の課題や経営手法を観察することで自社の経営に活かしてください。
今日の企業事例はです。
(*写真はイメージです)ファーストリテイリングの完全子会社1949年3月に柳井等氏が個人営業の紳士服専門店メンズショップ小郡商事を開店しました。
1963年に<小郡商事>株式会社を設立しました。
1984年6月に<UNIQUE CLOTHING WAREHOUSE>をを広島市に開店しました。
1984年9月に柳井正氏が代表取締役社長に就任しました。
1991年9月に<小郡商事>から社名を<ファーストリテイリング>に変更しました。
1997年頃からプライベートブランド商品の取扱比率を高め製造小売業への事業転換を進めました。
1998年にフリースを目標200万枚1999年には850万枚で完売しました。
2001年にイギリスに初めて海外進出しました。
2009年7月に<リンク・セオリー・ホールディングス>を完全子会社化しセオリーを傘下としました。
2010年に本社社員と店長の約3000人は社内公用語を英語とするとしてTOEIC700点以上が義務化されました。
2012年3月に日本語、英語、中国語、朝鮮語、フランス語、スペイン語に対応したグローバル旗艦店ユニクロ銀座店をオープンしました。
2019年スウェーデンオリンピック委員会とパートナーシップを結び2020年東京オリンピックと2022年北京オリンピックに参加した同国の選手団に公式ウエアを提供しました。
<ユニクロ>のビジネスモデル2021年5月に発表した『2021年4月』の国内既存店の売上高は前年同月比84.5%増でした。
前年は緊急事態宣言で国内店舗の約40%が休業していた反動で大幅なプラスとなりました。
4月25日から東京など4都府県を対象に3度目の緊急事態宣言が出ており4月は商業施設に入居する83店舗が休業していました。
2021年5月に一部の大型店でサービス面でのバリアフリー対応を強化しました。
ユニクロ吉祥寺店では障害者専用の営業時間を設けユニクロ銀座店では店員が視覚障害者に駅への送迎まで含め付き添います。
社会的弱者への配慮の重要性が高まるなか誰もが安心して買い物ができるよう運営面で対応を急ぐ考えです。
2021年5月にセルフレジを巡り<アスタリスク>が持つ商品識別関連特許の有効性が争われた訴訟で知的財産高裁は特許は有効と判断し<ユニクロ>敗訴の判決を言い渡しました。
問題となったセルフレジは国内812店の80%に導入されています。
2021年6月に環境に配慮した商品群を世界で発売を開始しました。
植物由来の原料を含むポリエステル繊維を初めて使用しジャケットを糸から編み込んでムダな端材を生まない製法も導入します。
環境問題への意識が高まり持続可能な新商品開発などに軸足を置く方針です。
2021年6月に浅草にあった2店を集約して開業する新店のユニクロ浅草を開業しました。
コロナ禍でアパレル企業の多くが実店舗の閉鎖を余儀なくされていますがユニクロ浅草店の売り場面積は以前の2店舗合計より5割増となっています。
「国内の店舗網は減らさずスクラップ・アンド・ビルドで新しい現実に合わせて構築していく」と<ファストリテイリング>の柳井正会長兼社長は述べています。
2021年8月に日本初のグローバル旗艦店だったユニクロ心斎橋店を閉店しました。
2010年10月に開業した国内事業における象徴的な店舗ですが新型コロナウイルスの感染拡大で主要顧客層の訪日外国人が減ったことが主な要因です。
店舗の賃貸契約期間も満了になるため近隣のジーユー店舗と一体化する形で9月に再開業します。
2021年8月に環境負荷の低い素材や製法を用いた子供服を発売しました。
ペットボトル由来の生地で作った子供向けフリースを初めて用意し水の使用量を大幅に減らしたジーンズも発売しました。
2021年9月に静岡県熱海市で起きた土石流災害の支援物資として製品690点を寄贈しました。
避難者からのニーズの強い機能性肌着エアリズムほか靴下やステテコなどを届けました。
災害時の被災者の支援活動に注力し2020年7月の九州豪雨被害でも支援物資を直接被災者に届けています。
2021年10月にネット注文してから最短2時間で商品を店舗で受け取れるサービスを始めました。
国内ユニクロ店舗の9割超にあたる約750店が対象で消費者の利便性を高める考えです。
ECサイト上の欲しい商品が特定の店舗にあればネット上で注文・決済し店に行って受け取る仕組みで最短2時間で商品が店舗に用意されます。
2021年10月に発表した『2021年8月期』の連結決算は売上収益が6%増で営業利益は67%増でした。
国内外の巣ごもり需要を取り込み2期ぶりに過去最高益となりました。
「グローバルで商売をやっていて良かった世界中の英知を集めて商売しないといけない」と<ファストリテイリング>の柳井正会長兼社長は述べています。
2021年10月に11月に発売する2021年秋冬商品を持って『+J 』を終了すると発表しました。
安価なカジュアル衣料の印象が強かったかつてのブランドイメージを変えるきっかけにもなりましたがジル・サンダー氏が77歳と高齢のため今回で終了となります。
2022年1月に中途採用の年収を最大10億円に引き上げると表明しました。
日本企業の中途採用の平均年収の200倍超にあたり国内では最高水準となります。
柳井正会長兼社長の年収4億円を大きく上回ります。
世界からデジタル人材を集めて衣料品の製造・販売が中心の収益構造を変え新たなビジネスモデルを構築する考えです。
2022年3月に国連難民高等弁務官事務所に1000万ドルを寄付すると発表しました。
ロシアのウクライナ侵攻に伴い毛布や防寒着といった衣料品計20万点も人道支援を目的として提供します。
2022年10月に素材の大半をリサイクル品にしたダウンジャケットの商品化を表明しました。
ダウンだけでなくジャケット表面に使う側生地を再生品のナイロン100%にしました。
石化製品の使用量が減ることなどから二酸化炭素の排出削減につながります。
2022年10月に発表した『2022年8月期』連結決算は純利益が前期比61%増で過去最高を更新しました。
新型コロナウイルス禍からの経済再開が進む欧米で販売が伸び円安に伴い為替差益などを計上したのも増益の要因となりました。
2022年11月に発表した10月の国内既存店売上高は前年同月比12.8%増えました。
秋冬商品の約2割で値上げを実施していますがデザインや色を新しくしたり機能性を追加したりした商品を中心に売れています。
今日の企業事例である<ユニクロ>を少し俯瞰してみましょう。
いまインターンシップを通した人材育成に力を入れています。
オンラインで世界各国から学生が参加し経営層が講師となりますが経営人材を育てるとともにブランディングに生かす狙いもあります。
時差を考慮して2つのグループに分け午前は米国・カナダとアジア午後は欧州とアジアを中心に受講の機会を割り振っています。
中国でネット通販セール 6.18商戦でアパレル部門で売上高トップに立ったのが<ユニクロ>でした。
中国に進出して20年ですが日本を上回る約900店を展開し誰もが知るブランドとなりました。
商品のピッキングや入出荷を自動化した最新鋭の倉庫を世界の主要市場で整備しています。
日本に続いて米国や欧州オーストラリアで自動倉庫が完成し中国でも稼働させる予定です。
市場が拡大する電子商取引の強化に不可欠な物流の省人化を通じてビジネスモデルの転換に取り組んでいます。
さらに有明プロジェクトは倉庫兼本部の建物を一部改装しスタジオやコールセンターを導入しました。
湾岸エリアを舞台に進む変革で顧客が欲しいものを欲しい分だけ作り売り切るという究極の小売業のビジネスモデルの確立に挑んでいます。
しかしカリスマ性のある創業者がいつまでも経営を担うのは不可能です。
後継者が不在であれば企業が継続するのは無理です。
創業者の柳井正氏を継ぐ後継者の不在が事業継続の最大の課題となります。


